彼を好きになったこと

 録音の仕事を始めて、数年たったころあるロックミュージシャンと知り合いになった。彼と知り合いになったのは、仕事の上でだ。どこぞのスタジオであえば挨拶する程度の知り合い。最初の印象は「怖い人」だった。
彼はメジャーでのレコードデビューが、もう決まっていた。だから、ミュージシャン仲間では、彼の名前はほとんど知られていた。
 そんな彼と、2人きりで話をする機会があった。音楽のこと、これからのこと、楽器のこと、仲間内のこと、いろいろ話してくれた。
 そのとき、彼はいった。「いま、彼女と一緒に暮らしてるんだけど・・・」
 一瞬、なぜ彼がそんなことを話すのか、わからなかった。なぜなら、こんなことがマスメディアに知られてしまったら、大騒ぎになること間違いなかったからだ。世間一般にも、よく知られた名前の彼だ。
 少し考えて、彼の考えがわかった。
彼は、私のことを信頼してくれていたのだ。
 暗黙の信頼 だ。
 彼は、彼女のこと、彼女とのことを、楽しそうに話した。私は彼のことをだんだん好きになっていくのを、感じた。
 そのあと、私は何を彼に話したか良く覚えていない。彼とちゃんと話したのは、それきりになってしまった。誓っていうが、酒が入っていた訳ではない。
 その2週間後、彼は、私から姿を消した。理由はここではいえない。言えば、彼が誰であるかきっとわかってしまうからだ。
 数ヵ月後、彼は、生放送の音楽番組に、出演していた。半年後、彼のことを、カリスマと、呼ぶ人たちがいた。
 彼とはその後、いろいろと関わることになるのだが、それはまた別の話。